外出・レジャー事故

登頂より下山が危ない。疲労による山岳遭難を防ぐ引き返し時間の決め方

外出・レジャー事故

山頂に着いた瞬間、「これで登山は成功した」と安心してしまう人は少なくありません。

しかし、登山は山頂で終わりではありません。むしろ、疲労がたまり、足の筋肉や集中力が低下した状態で歩く下山こそ、転倒や滑落、体調不良が起きやすい時間です。

長野県内では、2025年7月から8月の夏山期間に143件の山岳遭難が発生し、154人が遭難しました。いずれも過去最多で、死者6人、負傷者75人、無事救出者73人となっています。

また、酷暑による熱中症や体力不足などの「疲労遭難」は33件発生しました。

山頂に着ける体力ではなく、登山口まで安全に戻れる体力を基準に計画することが重要です。

30秒で分かる結論

引き返し時間は、疲れてから考えるのではなく、出発前に決めておきます。

まず「何時までに登山口や山小屋へ着くか」を決め、そこから下山時間と予備時間を差し引いて、山頂到着の締切時刻を設定してください。

締切時刻を過ぎた場合は、山頂まであと少しでも引き返します。

  • 下山用の体力を残す
  • めまい、頭痛、吐き気、足のつりが出たら中止する
  • 水分が予定より早く減っていたら引き返す
  • 日没直前の下山計画を立てない
  • 小さな転倒やつまずきが続いたら休憩し、計画を見直す

なぜ登りより下山のほうが危険なのか

長野県は、山岳遭難の多くが疲労の蓄積する下山時に発生しているとして、注意を呼びかけています。

下山では、大腿部を使って体重を支えながら、一歩ずつ身体にブレーキをかけます。登りで消耗した後にこの動きを繰り返すため、足が思った位置に出なくなったり、踏ん張れなくなったりします。

さらに、登頂後は緊張が緩みやすく、次のような条件が重なります。

  • 足の筋肉が疲労している
  • 暑さと発汗で水分や塩分を失っている
  • 空腹でエネルギーが不足している
  • 「あとは下るだけ」という油断が出る
  • 日没が近づき、焦りが生まれる
  • 午後の雷雨や天候急変に遭う

下山中の小さな転倒が、そのまま急斜面での滑落につながる場合もあります。

疲労遭難を防ぐ「引き返し時間」の決め方

引き返し時間とは、単なる休憩時間ではありません。

その時刻までに山頂や目的地へ到着できなければ、登頂を諦めて下山を始める締切時刻です。

先に下山完了時刻を決める

最初に決めるべきなのは、山頂到着時刻ではなく、登山口や宿泊予定の山小屋へ到着する時刻です。

夏山では「早出早着」が基本です。長野県の過去の注意喚起では、午後3時頃までにその日の行動を終えることが、早出早着の一つの目安として紹介されています。

ただし、午後3時なら必ず安全という意味ではありません。山域、季節、天候、コースの難易度、交通機関の時刻によっては、さらに早い到着が必要です。

下山時間と予備時間を逆算する

引き返し時刻の基本的な考え方

下山完了目標時刻-下山に必要な時間-休憩・遅延に備える時間

例えば、午後3時までに登山口へ戻る計画で、山頂からの下山コースタイムが2時間30分、休憩や遅れに30分の余裕を持たせる場合、正午が山頂到着の締切時刻になります。

正午の時点で山頂まであと20分だったとしても、原則として引き返します。

「ここまで来たのだから」「もう少しだけ」という判断で登り続けると、その20分だけでなく、山頂での休憩時間や疲労による下山の遅れも加わります。

引き返し時刻は、山頂を諦める時間ではなく、安全に帰るための時間です。

登りが予定より遅れている場合は、下山も遅くなる

登りで予定より30分遅れている人が、下山だけ予定通りに歩けるとは限りません。

登りで遅れが出ている時点で、体力不足、暑さ、荷物の重さ、体調不良などが影響している可能性があります。下山ではさらに疲労が増えるため、コースタイム以上に時間がかかることを想定してください。

時刻に関係なく引き返すべき危険なサイン

引き返し時刻より前であっても、次の状態が出た場合は、登頂を続けるべきではありません。

  • 歩く速度が急に落ちた
  • 休んでも息苦しさや強い疲労感が戻らない
  • 小さなつまずきやスリップが増えた
  • 足が上がらず、段差に引っかかる
  • 足がつる、筋肉が痛む
  • めまい、立ちくらみ、頭痛、吐き気がある
  • 水分が予定より早く減っている
  • 受け答えが遅い、同行者の様子が普段と違う
  • 雷鳴、急な雲、強風、雨など天候悪化の兆候がある

長野県警は、小さなスリップや転倒、「ヒヤリ」「ハッ」とした体験が重大な遭難の前触れになることがあるとして、立ち止まって休憩し、行動予定を再検討するよう呼びかけています。

夏山では熱中症と水分不足が疲労を加速させる

標高の高い場所は涼しく感じることがありますが、登山中は直射日光を受け、長時間身体を動かし続けます。

発汗によって水分や塩分が不足すると、熱中症だけでなく、疲労、足のつり、判断力の低下、転倒などにつながります。

水分は喉が渇いてから一気に飲むのではなく、行動中に少量ずつ、こまめに補給します。大量に汗をかく場合は、水だけでなく塩分や電解質を含む飲料や補給食も準備してください。

必要な水分量は、気温、湿度、行動時間、体格、コース上の水場によって変わります。出発前に水場の有無を調べ、予定より多く消費した場合に備えた余裕も必要です。

水分が残り少ない状態で「山頂まで行ってから考える」のは危険です。下山分の水を残せないと判断した時点で、引き返してください。

日没までに下山できればよい、では遅い

日没時刻は、安全に行動できる終了時刻ではありません。

山中では、谷や樹林帯に入ると平地より早く暗くなります。疲労によって下山速度が落ちたり、道を間違えたり、転倒して処置が必要になったりすれば、予定は簡単に遅れます。

ヘッドライトは必ず携行する装備ですが、ヘッドライトがあるから夜まで歩いてよいわけではありません。

夜間は登山道や段差、分岐が分かりにくくなり、気温も低下します。動けなくなれば、救助を待つ間に低体温症となる危険もあります。

出発前に決めておきたい5つの基準

  1. 何時までに下山するか
  2. 何時までに山頂へ着かなければ引き返すか
  3. 水分がどこまで減ったら引き返すか
  4. どのような体調変化が出たら中止するか
  5. 天候がどの状態になったら撤退するか

同行者がいる場合は、出発前に基準を共有してください。山中で疲れてから相談すると、「せっかく来たから」という気持ちに判断が左右されやすくなります。

疲労や熱中症で動けなくなった場合

めまい、頭痛、吐き気、足のつり、強い倦怠感などがある場合は、無理に歩かせず、安全な場所で休ませます。

  • 日陰や風通しのよい場所へ移動する
  • 衣服やザックの締め付けを緩める
  • 身体を冷やす
  • 意識がはっきりして自力で飲める場合は、水分や塩分を補給する

返事がおかしい、まっすぐ歩けない、意識がもうろうとしている、自力で水を飲めない場合は重症の可能性があります。

無理な自力下山を続けず、110番または119番へ救助を要請してください。山名、登山ルート、現在地、標高、近くの目印、けがや症状、人数、服装などを伝えます。

スマートフォンの登山地図やGPSで現在地を確認できる場合は、位置情報も伝えてください。電池切れを防ぐため、モバイルバッテリーの携行も重要です。

まとめ

夏山遭難を防ぐために必要なのは、「何としても登頂する」という気持ちではありません。

決めた時刻に引き返し、体力と水分を残して、明るいうちに下山する判断です。

登頂できなくても、無事に帰宅できれば次の機会があります。

山頂に立つことではなく、登山口まで安全に戻ることを、その日の目標にしてください。

参考資料

※コースタイムや安全な行動終了時刻は、山域、季節、天候、登山者の体力によって異なります。登山前に山小屋、自治体、警察、気象機関などの最新情報を確認してください。

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